<だぁすこ沿岸店移動販売>農家と客が共存共栄

 震災はCSR(企業の社会的責任)に新たな視座をもたらした。主役は自らの社会的存在に覚醒した企業。地域や消費者との共存を探る姿があった。(「被災地と企業」取材班)

CSR】「むかし」と「いま」歩み振り返る

◎トモノミクス 被災地と企業[28]第5部 一隅(5完)とどける

 待ちわびた木曜日。仮設住宅の談話室に財布を持った入居者が集まる。茶を飲み、世間話をしていると、軽トラックがやって来た。

 小雨降る2月下旬。岩手県大槌町赤浜地区の赤浜第3仮設住宅に、即席の市が立った。いわて花巻農協の直売所「母ちゃんハウスだぁすこ沿岸店」(大槌町)が運営する移動販売だ。

 大根、シイタケ、ホウレンソウなど地場野菜、米、卵、総菜、菓子、調味料。

 「近くに店がないからね。食材が買える移動販売は本当に助かる」。夫(86)と50代の次女と暮らす岡谷康美さん(82)はこの日、おでんの具など約1500円分の買い物を楽しんだ。

 東日本大震災で同地区は津波にのまれた。数軒あった商店は全て流され、1軒も再開していない。車がない岡谷さんら高齢者にとって、移動販売は大切なインフラであり、生命線だ。

 直売所と食堂を併設した「だぁすこ沿岸店」は2016年1月にオープンした。移動販売に取り組み、仮設住宅や災害公営住宅など毎週計20カ所を回る。

 価格は直売所と同じ。人件費と車の燃料代は持ち出し。店長の藤原吉秀さん(55)は「採算は厳しいが、待っている人がいる限り続けたい」と言う。

 農協は営利企業ではない。それでも経営体である以上、一定の収益を上げる必要がある。ビジネスとCSR(企業の社会的責任)のはざまで、移動販売の継続を模索する。

 震災後、被災地には慈善を超えた共存共栄の仕組みが自然と生まれた。

 だぁすこ沿岸店ができる前、買い物難民を救ったのは地元の農家だった。同店産直部会長の佐々木良子さん(57)ら10人は11年7月、ミニ直売所「結(ゆい)ゆい」を開き、移動販売を始めた。